アフガン報告(11~20)

2007/3/12 

カブール事務所
地雷不発弾処理専門家 奥村 信司

 

JMASアフガニスタンでは、JMAS東京本部に寄付していただいた文房具を地雷不発弾啓蒙教育に参加した地雷原付近に住む子供達と宿舎付近に住む子供達合計約150名に配布しました。
  学校編:3月9日 2回目
除去員宿営地付近の小学校、先任教師アブドラジャバー氏は、2回の地雷啓蒙教育と文房具の配布を実施したJMASと、文房具を寄付して下さった日本の寄付者に感謝の言葉を述べられました。 
 
 
 

地雷啓蒙教育の参加者リストを受け取るセクションリーダーHamid 

地雷不発弾の危険性を説明するセクションリーダーHamid 


今回啓蒙教育に参加した小学校の生徒45名
現在は、学校の屋根がなく寒くて授業が出来ないため休校中
地雷原周辺の村編:3月9日 2回目


参加してくれた生徒にJMASに寄付していただいた文房具の配布
 


地雷原へ立ち入る事の危険性を説明するチームリーダーFarid
お金を稼ぐ為、多くの子供達が地雷原に金属を拾いに立ち入る。
 


参加者:村の子供達50名
 


啓蒙教育に参加した子供達には、寄付して頂いた文房具を配布
 


Afghan No11

 
 
 



Afghan N012 

2007/3/16 

カブール事務所
地雷不発弾処理専門家 奥村 信司

Fire in the Hole 

 JJMASアフガニス タンでは、2007年2月13日から3月15日までの期間に地中埋設された6個の地雷を発見爆破処理したが、地表面に一部または、全体を曝している地雷だ けで、30個近く存在している事が確認されている。その為、合計100個以上の地雷がJMASが担当している地雷原で発見されるのではと予想している。 

 
現在まで、地中で発見された地雷は、すべて10cmまでの深さに埋設されている。
地雷の種類は、旧ソビエト製の対人地雷PMN-2

 
 
 
 
 

PMN-2
直径 121.60mm
高さ 53.00mm
重量 420.00g
爆薬量 108.00g 


地雷の感知部の一部のみ地表に現れている。地雷を目で確認できる。 


地表に現れた地雷は、その地雷原の埋設傾向を知る有効な情報となる。
 
 
 
 
 

地雷ベルトの有無、方向、幅、埋設間隔など安全な地雷除去作業
を実施する上での大きな手がかりとなり、その他の地中に眠る
地雷の位置を予想する事が可能となる。 

発見した地雷は、形成容器に詰めた可塑性爆薬を用いて爆破処理される。
形成容器を使用すると爆発力をレンズで光を集めるように集中
させる事が可能となり地雷の爆破処理に必要な爆薬を節約できるなどの利点がある。 
 
 
 
 
Fire in the hold !!

爆破 
 
 
 
 


処理完了

Afghan No12 

 
 
 



Afghan No13 

2007/4/10 

カブール事務所
経理主任 青木 健太 

フガニスタン地雷処理事業オープニングセレモニー 

 

 3月21日のナウルーズ(アフガン新年)を過ぎて次第に暖かさを増してきた2007年4月5日、カブール市内にあるヒータル・プラザ・ホテルに於いて、JMASアフガニスタン地雷処理事業のオープニングセレモニーが盛大に執り行われた。 

今 回の式典には、在アフガニスタン日本大使館有吉勝秀臨時代理大使・大塚智子経済協力班長、アフガニスタン政府経済省サイド・ハシム・バシラットNGO局 長、提携団体DDGステファン・ロビンソン現地代表、UNMACAケリー・ルル主席スタッフを初めとして、日ごろから事業を支えて下さる方々にご参列頂 き、加えて、今回の式典に合わせて日本から駆けつけた西元会長、筧副理事長、今井PCを含めたJMASスタッフが参列をした。 

式 典は、午前10時の開会の後、アフガニスタンの風習に則った現地スタッフによる安全祈願で幕を開けた。敬虔なイスラム教徒であるタヒール・セクション・ リーダーが読むコーランの一節が静かな会場に響き渡る。言葉や文化は違えども、背筋がピンと伸びる心地がした。その後、奥村専門家により事業概要説明がさ れた。真摯に事業に取り組む団体JMASを印象付ける素晴らしい説明であった。 

  10時15分から、小森現地代表によるスピーチが行われた。小森代表はスピーチの中で、参列者の日ごろからのご支援に対する感謝の気持ちを表明し、事業運 営に対する考え3点を披露した。1点目は、バグラムの地雷原の処理を期間内に完成すること。2点目は、今回の事業で一人の犠牲者も出さないこと。そして、 3点目は、JMASの能力の範囲内でアフガニスタンと日本の交流を深めること。最後に、JMAS一団体で出来ることには限界があるとの前置きの後、これか らもJMASへのご支援をお願い申し上げます、という参列者への言葉で締めくくった。 


↑小森現地代表によるスピーチ 

10時20分からは、西 元会長によるスピーチが行われた。参列者への感謝の表明の後、JMASが2004年から2005年にかけて行ったDDR国際監視団活動についての言及があ り、そして、2006年11月よりDDGとの提携関係の下、アフガニスタンにおいて地雷処理活動を開始する喜びを語った。スピーチの中では、日本政府・ア フガニスタン政府・UNMACA・DDGやその他関連団体のこれまでの支援や協力に対する感謝、本事業が日本政府と日本国民のアフガニスタン復興を希求す る強い意志によるものであることへの言及、そして、危険を顧みず母国の復興の為に全身全霊を捧げる地雷除去員達に対する尊敬の念、などが毅然とした立ち居 振る舞いと謙虚であるにも関わらず威厳のある口調で語られた。 


↑西元会長によるスピーチ 

 10時25分より、日 本大使館有吉臨時代理大使によるスピーチが行われた。有吉臨時代理大使からは、JMASは日本で最も信頼が置け、且つ、専門性の高いNGOの一つだとのお 褒めの言葉を頂き、JMASのアフガニスタンにおける地雷処理活動への期待を述べて頂いた。忙しいスケジュールの中、JMASの式典に足を運んで下さった 事に対し、あらためて感謝を申し上げたい。 


↑有吉臨時代理大使からのご挨拶
  その後、アフガニスタン政府経済省バシラットNGO局長、提携団体DDGロビンソン現地代表、UNMACAルル主席スタッフから挨拶を述べていただき、来 賓紹介・JMAS主要スタッフ紹介が行われてから、式典は一旦お開きとなった。すぐさま、別会場に用意したお茶・コーヒー・ビスケットを囲んでの歓談に 移った。 
経済省バシラットNGO 局長 DDGロビンソン現地代表 UNMACAルル主席スタッフ

 歓談の一方で、中庭で記念撮影が行われた。総勢約60名のJMASフィールドスタッフが隊列を組み、写真撮影を開始しようとしたところ、有吉臨時代理大使・大塚一等書記官、そして、西元会長らが飛び入り参加をするという予期せぬ嬉しい一幕もあった。 

  招待客との日程調整、式典会場設営、プログラム作成など、式典の2週間前くらいからは非常に神経を使う準備を強いられ胃がキリキリと痛む日々が続いたが、 式典が無事終了してホッと胸をなでおろした。式典の後、とてもいいセレモニーだったよ、と多くの方からかけられた言葉が忘れられない。大きな行事が終わっ て気持ちも新たに、万全な態勢で持ってアフガニスタン地雷処理事業は展開をして行く。 

 

Afghan No13 

 
 
 



Afhjan No14 

2007/7/17 

カブール事務所
経理主任 青木 健太 

地雷処理の現場から(1)
「地雷処理と日本のNGO業界」 
 
3軍事・医療など生 命に直接関わる現場では、安全管理や目標の遂行を目的として、非常に高いレベルの規律や作業手順が求められる。最先端技術が軍事技術の応用から生まれた、 という話しはよく聞くが、インターネットの技術が軍事技術から生まれたというのは本当の話しだ。興味深いのは、こうした生命に関わる現場では、アドミンや ロジスティクスも、現場に引っ張られるようにしてレベルが上がっていくということだ。
 地雷処理という仕事は、一歩間違えれば手足や命を失いかねない非 常に危険な仕事である。それ故、安全を確保する為に厳正な標準作業基準(SOP: Standard Operation Procedure)を持たない団体は活動を許されない。例えば、掘削深度が15センチとSOPに書いてあれば、14.90センチに掘ったとしても品質管 理部門から不適格を指摘されてしまう。そういったSOP違反は、詰めの甘さや規律の乱れから引き起こされる。そして、そういった詰めの甘さが自分の命や、 あるいは仲間や周辺住民の命を奪ってしまうという事態が実際に発生しかねない。こうした自戒が、働く各個人に緊張感を生じさせる。 
 厳正に管理されているのは現場作業だけではない。アドミンやロジスティク スの面でも、現場作業のハイレベルな基準に追いつくように、緊張感を持った仕事が求められる。例えば、アドミンの遅れによって契約書が結ばれていなかった 為に生命保険がおりない、生命保険がかかっていないので現場作業が数日間サスペンドされ人件費を無駄にしてしまう、ということが発生しかねない。うっかり していた、疲れていた、そんな理由で人の命を奪ってしまったら恐らく一生寝起きの良い朝はないだろう。様々なプレッシャーがある中で事務のレベルが上がっ ていく。
 ひょっとしたら、プロフェッショナルではないとよく揶揄される日本の NGO業界を引っ張っていくのは医療活動や地雷処理活動など生命に直接関わりのあるプロジェクトをするNGOなのではないか。寄付金が集まらない、スタッ フへ充分な給料が支払えない、人の入れ替わりが早い、国際協力に興味が高まり始めた昨今ですらそうした日本のNGOに対する悪評をよく耳にする。欧米の NGOは支援国の政策に影響を及ぼすほどの力を持っている、そんな話しもよく聞く話しだ。日本のNGOが欧米のNGOのレベルに追いつく為に必要だと言わ れるプロフェッショナリズムが根付くのには、国際協力に関してアマチュアの日本では恐らく長い年月がかかるだろう。こうした現状を変える為には、次の段階 へ導く為の起爆剤やブレイクスルーになるものが必要である。日本のNGO業界の体質を劇的に変化させるものがあるとしたら、それはどうしてもそうした姿勢 を持たなければ生命に関わるという緊張感とそれによって得られる各個人の高い意識なのかもしれない。
 (つづく) 
 

2007年6月4日記 

Afghan No14 

 
 
 



Afghan No15 

2007/7/17 

カブール事務所
経理主任 青木 健太 

地雷処理の現場から(2)
「地雷処理とジハード」 
 
 「Jihad means struggle (ジハードとはストラグルのことだ)」。スタッフの一人、敬虔なイスラム教徒であるラハマトラー・ハムダルド(38歳)が僕に言った。「ジハード」という 言葉は日本ではイスラム聖戦や報復というような血生臭いイメージで報道されることが多い。それ故、日本人の中には、「ジハード」という言葉が報復の為に人 を殺す事や自爆テロのことを意味すると思っている人もいるかもしれない。しかし、「ジハード」とは、アラビア語で「努力する」という意味の動詞が語源であ り、本来は「崇高なる目標に対する努力や苦闘」を意味する。「ジハード」の果てに命を落とした者はmartyr(殉教者)として尊敬を受け、遺族や友人か ら特別な畏敬の念を持って埋葬される。
 1979年のクリスマス・イヴに始まった旧ソ連のアフガニスタン 侵攻では、「ジハード」という言葉が求心力を得て、アフガニスタン側にイスラム世界から多くの有志を集めた。こうした背景から、イスラム教徒自身によって 「ジハード」という言葉が「イスラム教の聖戦」として利用されたという側面も無視できない。こうして西欧社会や日本において広く流布された「ジハード」と いう言葉の誤った解釈が、イスラム教とテロを結び付けて、イスラム教は危険な宗教であるというような間違ったイメージに通じているのかもしれない。
 ラハマトラー・ハムダルドは付け加えて言う。「Demining is a struggle for making better Afghanistan,
therefore demining is Jihad(地雷処理とはより良いアフガニスタンを作る為の苦闘なんだ。だから、地雷処理とはジハードなんだよ)」。(1)「ジハード」とはストラグルで ある、(2)地雷処理とはストラグルである、従って、(3)地雷処理とはジハードである。アフガン人スタッフから聞く予期せぬ三段論法が僕の胸を強く打っ た。
 旧ソ連の侵攻、ムジャヒディン同士による内戦、タリバン政権樹立、 9.11後のアメリカ空爆など、アフガニスタンは25年以上に及ぶ紛争を経験し、国土には無数の地雷・不発弾が残された。地雷は、交通の要衝、灌漑施設の 周辺、農耕地、放牧地、住民居住地域等、戦略上重要な場所に、敵の殺傷、もしくは、陣地の防衛を目的として撒かれた。地雷はほとんど腐食することがない。 従って、今も尚、地雷によって手足を失う人々が後を絶たず、月間300人とも言われる人が地雷の被害にあっている。
 こうした状況を受けて、アフガニスタンでは現在、ドナー各国の支援を受け て、8,000人とも言われる地雷処理員が活動をしており、一つの産業としてはアフガニスタンで最大と言われている。危険を伴う地雷処理だが、アフガニス タンの復興の為に命を賭けている地雷処理員は、アフガニスタンの人々から尊敬を集める。何故なら、地雷を取り除けば、そこには農民が畑を耕すことのできる 大地、羊を放牧することのできる大地、子供達が安全に走り回ることのできる大地があるからだ。地雷処理は、アフガニスタンが新しい国作りをしていく為の礎 となる作業であり、身命を賭して母国の為に地雷を取り除く地雷処理員の行為はまさに、崇高な目標の為の努力「ジハード」なのである。
 象徴的なのは、世界中の多くの宗教がそうであるように、イスラム教でも 「人間は土から生まれた」と考えられていることだ。アフガニスタンのシーア派の人々の多くは、お金と余裕があれば、イランのマシュハドに巡礼したいと思っ ている。第8代イマム・レザーが眠るハラムと呼ばれる廟を訪れ、まるで高校球児が甲子園の土を持ち帰るように、マシュハドの土でできた小さくて丸い煉瓦を 家に持ち帰るのが夢なのだ。アフガニスタンが新しい国を作っていく為の土台となる大地が、人間を生み出したと信じられる土によって構成されているという事 実関係は、アフガニスタンにおける地雷処理の重要性を雄弁に語っている。

 人間は土から生まれ、そしてまた土へと帰って行く。生命の根源たる大地。アフガニスタンが生き生きとした未来を手にする為には、その母なる大地を再び取り戻すことが不可欠だ。

※本エッセイは、秋野豊ユーラシア基金発行『ユーラシア・ウォッチ第114号』(2007年7月16日発行)に掲載された「Demining is Jihad(地雷処理とはジハードである)」を改題したものです。

(つづく) 

2007年7月4日記 

Afghan No15 

 
 
 



Afghan No16 

2007/7/22 

カブール事務所 
経理主任 青木 健太
 

地雷処理の現場から(3)

 現地スタッフの一人が昼下がりにお祈りを始めた。彼のお祈りを観察していると、座り方が正座だった。いつも目にしている光景だが、一瞬違和感を持った。 

通 常、アフガニスタン人は胡坐(あぐら)をかいて生活をしている。食事をする時、チャイを飲んで歓談する時、重要な会議をする時、アフガニスタンの伝統では 絨毯の上で胡坐をかくのが慣わしだ。もともと、胡坐の「胡(こ)」の字は、唐代の中国では「中国の西方もしくは北方からきたもの」に対して付けられた。胡 瓜、胡椒等と同様、胡坐も中国の西方、即ち、ペルシャ、アフガニスタン、インド方面からもたらされた。アフガニスタンは胡坐という呼称の起源とでも言える かもしれない。 

し かし、アフガニスタン人はお祈りの際には決まって正座をするのである。イスラム教徒であるアフガニスタン人は一日に5回欠かさず唯一神アッラーへのお祈り を捧げる。夏の期間であれば、朝の午前4時半、午後1時15分、午後5時15分、午後7時10分、午後8時30分の5回だ。これらに加えて、毎週金曜日に はモスクにおける集団礼拝によって神への信仰心を誓うのである。正座をしているアフガニスタン人を見ながら、神と対峙する厳粛な瞬間、人間は自然と正座に なってしまうのかもしれないとふと思った。 

 

 地雷処理は祈りに似ている。お祈りと同じく、地雷処理員は作業をする際に正座をする。アフガニスタン人が正座をする光景を目にするのは、お祈りと地雷処理だけだ。 

安 全の面から言えば、地雷処理員が正座をするのは、仮に事故があったとしても、肉体への被害を最小限に抑えられる為だ。地雷が爆破した際には、地雷の破片や 爆風が人体を傷つける。従って、なるべく多く地雷に面している部分を防護服やバイザーで覆った方が被害を抑えられる。また、地雷処理員自身の前方にある土 に対して探知作業、除去作業を行う為、正座が一番作業効率を考えた上で適している。こうしたことから、地雷処理作業は正座で行われるのだ。 

 

しかし、地雷処理員が正座で作業をするのは、果たしてそうした理由のみからなのだろうか。地雷処理とは一歩間違えれば命を落としかねない危険な作業だ。地雷処理員は作業をしながら祈っているのではないか。 

地雷で手足を失わないように。今日も無事で作業を終えられますように。無事に家族の下に帰れますように――。 

そして、地雷原の周りに住む村人も祈っている。地雷原で事故を起こす子供がもうでませんように――。 

それぞれの祈りを抱えながら今日も地雷処理員は地雷原に出て行く。 

 

(つづく) 

Afghan N016 

 
 
 



Afghan No17 

2007/11/8 

カブール事務所
現地代表 小森 重信 

地雷除去完了に伴う地雷原113の引渡行事 

 カライアハマジャン村で、昨年11月から地雷除去作業を実施中であった地雷原 113が10月25日完了し、村人への引渡式が11月6日行われた。式はアフガニスタンの治安が悪化する中で、村の代表者、連携NGOのDDG代表クリン トン氏及び地域地雷活動センターの代表者等地元関係者の出席のもと質素ではあったが、厳粛かつ和やかに、JMAS現地代表の挨拶、来賓の挨拶及び村民代表 の感謝の挨拶に続き地雷原完了書類の調印が執り行われた。 

経過説明 JMAS代表挨拶

感謝の言葉を述べる村民代表 

地雷原完了書類の調印 

関係者一同   今回完了した地雷原113の面積は6.5万平方メートルであり、アフガニスタンの地雷の汚染地域約7億6千万平方メートルと比べれば極めて小さいものであ る。 しかしながら、JMASにとってアフガニスタンでの最初の第一歩であり、治安悪化の中で日本が世界の平和のため危険をともに分かち合っていることを 実行動で示す意義は極めて大きい。また、パルワン県バグラム郡の人々並びにJMASの活動を知る人々は処理した地雷原を実視し、JMASの活動を資金並び に精神的に支える日本国民とその政府に対し謝意を表していた。 

地雷原の標識の前でスタッフと村民代表   今後、人々は本地雷原では自由に放牧をし、草をとり、子供たちは遊べるようになる。しかしながら、直ぐ近くにはまだまだ除去されない地雷原が多数あり、地 域全体の安全化への道は遠い。何をするにも地雷の除去が第一歩で、地雷の除去なくして何事も始まらないのがアフガニスタンの現況である。JMASは引続き 活動する所存である。 

処理した地雷原(中央の溝:旧ソ連軍の塹壕跡) 

処理した地雷原で羊の世話をする子供   尚、行事終了後、安全を確かめるべく処理した地雷原の中でJMASのスタッフ全員と村人達がピクニックを楽しんだ。アフガニスタンではアルコールは禁止で あるが、人々はアルコールなしで歌や踊りを踊り、大いにはしゃぐ姿は日本の人々に見せたいものである。ただし、今回は仕事の延長なので皆さん歓談だけでし た。 

ピクニックを楽しむ子供達 

歓談する村民と処理員 

DDG(デンマークのNGO)スタッフと歓談するJMASスタッフ


もっとやってよ


本日は大戦果!!  今度いつ? 

アフガニスタンタイムス記事

2007年11月7日記
 

Afghan No17 

 
 
 



Afghan No18 

2007/12/8 

 カブール事務所
現地代表 小森 重信 

パキスタンからの遠隔操作 

 去る7月下旬、アフガニスタン全土が退避勧告地域に指定されました。これに伴 い、アフガニスタン以外から地雷処理活動をコントロールするよう指示され、パキスタン、ウズベキスタン、タジキスタンと検討しましたが、やはり人脈の関係 からパキスタンに決定されました。最終的には情報が挙がって、頼れる人が居ることですね。それに、アフガン人のスタッフの大部分はパキスタンに詳しいこと です。パキスタンも治安は良くないだろうと不安でしたが、日本大使館のある人から、「大丈夫です。パキスタンとアフガニスタンでは、国の統治能力が違うか ら」が、不安を吹き飛ばしました。 

 


カブール事務所(アフガニスタン)  10月9日からイスラマバードに日本人3人は移動しましたが、11月3日非常事態が発令され、大方の方に大変心配掛けました。しかし、市内は至って平穏で軍隊や警察が多いのを除けば、普段と変わりません。これが統治能力の差かと変に感心しました。 

地雷原へ向かう処理員(アフガニスタンのバグラム) 遠 隔操作についてですが、従来も、バグラムの地雷処理現場(約70名)には日本人は努めて行かないようにし、カブール事務所から地雷処理現場を遠隔操作して おりました。10月からはイスラマバード事務所から遠隔操作することになり、従来の地雷処理現場の遠隔操作のほか、カブール事務所で行う運用管理、物品管 理、資金管理、人事管理等も遠隔操作することになりました。ハードの面は直ぐ出来上がりますが、ソフトの面はこれからと考えています。この際、事故の防 止、不正の防止は勿論、アフガニスタンの人々で事業活動が出来るよう仕上げることが大切と考えています。この事はアフガニスタンの人々が早く自立できるよ うにするという援助本来の趣旨から、退避勧告は幸いなことなのかもしれません。 

イスラマバード事務所(パキスタン) 

イスラマバード市内(G-10 地区)3ヶ月ぶりの雨の日夕方(11月30日)   パキスタンに来て思うこと、それは「アフガニスタンとパキスタンは100年前、同じようなものだったろう、しかし現在は格段の差がある。何故か」です。パ キスタンは少なくとも日本のような民主主義国家ではない。しかしながら、大部分の者は大きな不満もなく、町並みは綺麗で(田舎は別)、経済活動は活発で、 誇り高く、かつ自立の精神が強いようです。また、ほとんどの者が英語を話し、親切です。これはイギリスに統治されたことが一因では? とすると植民地政策 は少なくとも悪ではないのか。民主主義は本当に良いのか。日本の近現代史に誇りを持つべきではないのか(飛躍し過ぎですか?)。イスラマバードとカブール を行き来しながら、何故かを考えてみたいですね。 

Afghan No18 

 
 
 



Afghan No19 

2007/12/20 

チーフ・プログラム・オフィサー
青木 健太 

村民への返還式~地雷原114番~ 

JMASが、アフガニスタン・イスラム共和国に地雷処理の第一歩を刻んだのが、 バグラム郡カライアフマジャン村にある地雷原113番と114番。2007年10月25日の地雷原113番処理完了に引き続き、2007年12月4日に地 雷原114番の処理が完了した。これをもって、JMASアフガニスタン事務所が当初から手がけてきた2つの地雷原全ての処理が完了したことになる。数字に 表れる成果(progress)。そして誰もがハッピーになる結果(result)。地雷処理というのはある種、特殊な分野の仕事だ。 

 
↑Progress 100% 

 開発系のプロジェクトには常に批判が付きまとうのが一般的だ。 

それをすることで本当に現地の人の幸せに結びつくの? 

単に西欧の考え方を押し付けているだけなんじゃないの? 

という根本的な疑問から、 

ハコを作ったはいいけど、これからどうやって管理・運営していくの? 

魚をあげるだけじゃなくて、釣り方を教えてあげるべきじゃないの? 

というような手法に対する疑問まで幅広くある。しかし、地雷処理には驚く程に批判というものが付きまとわない。地雷は危ないんだから取り除いた方がいいよね、で議論は終わりになってしまう。こういった事業は他にあまりないのではないだろうか。 

 地雷原114番の返還式は、2007年12月13日に執り行われた。朝から濃霧が空を覆う神秘的な天気だった。 


↑霧に覆われるバグラム 式 典には、UNMACAの下部組織であるAMAC(Area Mine Action Centre)からシャフィキュラー・セディーキ・オペレーション・アソシエート、提携団体DDGからグレッグ・オペレーション・マネージャー、ハキー ム・オペレーション・マネージャー、タヒール・フィールド・オフィサー、ザヒルディン内部品質管理チーム、地雷原に隣接するカライアフマジャン村の長老た ち、そして、バグラム郡や関係各所からのゲストが参加して下さった。忙しい中、時間を調整してくださったゲストに対してこの場を借りてお礼申し上げたい。 

↑式典の様子 

↑安全を祈願し、聖典コーランを読むタヒール・セクション・リーダー 

↑スピーチをする小森代表 

↑AMACシャフィキュラー・オペレーション・アソシエート 

↑ゲストの話に聞き入るディマイナー 

↑ゲストの話を聞く村人達   今回処理が完了した地雷原114番は、総面積が49,000平方メートル(1辺が約222メートルの正方形をイメージしてもらえるとわかりやすいかもしれ ない)。処理が終わるまでに処理された不発弾は276発、金属片は、171,164片、そして、地雷は110発、全て旧ソ連製のPMN2であった。この地 雷原は、1979年~89年の旧ソ連のアフガニスタン侵攻時代に、旧ソ連が空港を防衛する目的で監視所を設置した跡であり、自衛を目的として埋められた地 雷が大量に埋設されていた。 

↑PMN2 

  処理された地雷原の周辺には、約1300人の住民が住むカライアフマジャン村があり、また、すぐ近くにはパキスタン・イランから帰還してきた難民のキャン プが設営されており、今回の地雷原114番の処理により、人身事故、及び、動物の事故の減少が見込まれる。また、羊を初めとした動物の放牧や、薪用の草を 拾いに動き回ったり、子供が自由に遊びまわることができるなど、多くの効果が予想される。 

しかしながら、バグラム地区には依然として多くの未処理の地雷原があり、難民の帰還、地域経済活動の促進などを考えると、まだまだ長い道のりが必要である。 

恐 怖(Fear)という感情は、安心感(Security)と深く結びついている。Securityという単語は、日本では「治安」とか「安全」という言葉 に置き換えられがちだが、実際には家族や恋人と抱き締め合った時に得られる「安心感」であるとか「守られている(Securedな)感覚」という意味合い で用いられることも多い言葉だ。地雷処理とは、人々の恐怖(Fear)を取り除き、同時に人々に精神的なハグと安心感(Security)を与える仕事だ と僕は思う。 

Human Needs Theoryを語る上で非常に重要な人物であるPaul Sitesは、恐怖というものは、実際の、あるいは、想像上の脅威によって発生するものであり、恐怖を取り除く為には身体的な安全(Security)が 必要である、と提唱している。彼は、米国の心理学者MaslowのMotivation
theoryを元に議論を展開している。Maslowによれば、人間の欲求には、
 

(1)   身体的(Physiological)欲求(水、食料、シェルター) 

(2)   安全への欲求(Security、安定、自由、規則) 

(3)   帰属への欲求(所属、愛) 

(4)   社会的欲求 

(5)   自己実現への欲求 

の 5段階がある。下位の欲求が満たされなければ人間はフラストレーションを感じ、それを求めようとし続ける。反対に、下位の欲求が満たされれば、人間はより 上位の欲求を求めていくようになるという理論である。例えば、(1)の身体的欲求が満足されれば、人間は(2)の安全への欲求を自然と追及していくように なる。逆に、(1)の充足がなければ、(2)が充足されることはないということである。従って、身体的な安全が確保されていなければ、精神的な安全は当然 得られず、むしろ恐怖に支配された生活を送らなければいけないということが言える。  

地 雷を取り除く事とは、人々の恐怖を取り除き、Securityを与える事。それによって、先ず身体的なSecurityを確保し、続いて、それによって得 られる精神的なSecurityをも確保する事。それは、母親が子供を抱きしめて愛を伝えるのと、そんなに遠い世界の話ではない。 

地雷原だった平原の上を、子供たちが駆け抜けていく。 

恐怖というコンセプトの示唆すらない、屈託のない笑顔で。 

 
↑未来へと向かう羊の群れ 

 
↑処理済みの地雷原で地面の感触を確かめる 

 
↑はぐれた羊は何を暗示するのであろうか。 

Afghan No19 

 
 
 
 
 
 
 

 
赤丸の中が地雷が探知された場所、地雷は完全に地中に埋まっていて
地雷のある痕跡は目では確認できない。



Afghan No20 

2007/12/21 

チーフ・プログラム・オフィサー
青木 健太

 

地雷原の周辺に住む人々と動物


↑地雷原の中で焚き木を拾う遊牧民の男性。
手前灰色の物体は航空機爆弾だと思われる。 

 
↑もちろん地雷原に入らないで生活できればよいのだが、
生活に必要なものを手に入れる為に入らなければならないという現実がある。 

 
↑処理された地雷原の上を、
羊を連れて歩く羊飼いの少年。 

 
↑冬の朝、凍りつくマーキングストーン。青色の石は「Battle Are(戦闘地域)」
であった事を、白の石は「Cleared Area(処理済地域)」である事を示す。 

 
↑Battle AreaとCleared Areaの間に佇む少年。 

 
↑処理された地雷原の上を悠々と歩く羊の群れ。 

 
↑JMASが処理をした地雷原114の上で草を食むロバ 

Afghan No20 

 
 
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