地雷処理状況調査

園部顧問 古賀顧問

 

地雷処理状況調査(2003年7月外務省からの調査依頼)での報告

第  1  報

8月12日 アフガンへ向け出発そして到着

羽田発2045分関西空港に向かう。関空でエミレツ航空に乗り換える。2320発ドバイ行きの飛行機に乗り込む。飛行時間10時間でドバイへ到着。 ド バイの日本大使館の人が来てくれ、乗り換えの第2発着場まで案内してもらう。ここで国連機に乗り換える。ここで待つこと4時間。この間に所要の手続きを済 ませる。
日本との時差は5時間。現地では13日早朝である。乗り換えの国連機の出発は0800の予定。それまで待合室にて時間を過ごす。ドバイからアフガニスタンの首都カブールまで所要時間は約3時間。 いよいよカブール空港に到着。日本からは22時間を要した。
 空から見ていた首都カブールの景色はどう見ても1国の首都の景色には似つかわしくない。あまりにもさぴしい光景であるがそれは地上に降りてみてまさに実感した。
 空港ではISAFの兵隊が銃を構えて警備している。空港で一通りの手続きを終えて、これから滞在するDDGの本部まで出迎えの車で送ってもらう。車で 10分で本部に到着、町の様子はこれからじっくり見学、実態が見えてくることであろうが、わずか10分間の到着間もない車の中からの所見であるがまさに混 乱した終戦後初期の日本の光景であろうか。破壊し尽くされた家、しかしその横では新しい建物が建築中のところもある。町には人があふれている。行き交う 人々でごった返し、道路の脇には物売りの屋台が並んでいる。途中でアメリカ大使館の建物の前を通過したが周囲に張り巡らされている鉄条網のものものしさが 強烈に印象に残る。      
 8月13日 記

第  2  報

アフガンは本日も暑いです。40度くらいです。

 二人とも元気です。―名は下痢気味ですが薬を飲んで―回で止まりそうです。もちろん罹患は年寄りの方です。
本日は、米軍が駐留しているバグラム飛行場基地周辺の住宅街の地雷処理現場をくまなく歩きました。個人防護服を炎天下で着て歩くのは相当体力を消耗しま す。水は1.5リットルボトルを1本づつ二人とも飲みました。自衛官も退官すると体力の維持が最も大事なのがわかりました。万が一のため血液型まで報告し ての地雷原入りでした。
 飛行場を守るためにソ連もまたその後のタリバンと北部同盟軍との対峙時も地雷を設置したため葡萄畑と住居の庭のどこに地雷があるかわかりません。すべて地雷原と疑ってかかる必要があります。大変な手作業です。
 処理者は大変士気が高く、親日的で、その忍耐カには驚きました。英国およぴソ連も征服できなかったゲリラ戦での強さを彷彿とさせる人たちです。昨年から の2個チームの作業(約157日)で対人地雷68個、不発弾146個を処理しています。手作業による地雷の処理については現場に入り充分にその方法がわか りました。DDGの全般業務処理およぴ作業要領の二種類のSOPを入手しましたので勉強しつつ、質問しつつ頑張ります。
それではまたご報告いたします。

園部、古賀拝

第  3  報

第5日目  カブール市内地雷処理場にて

 車でDDGの事務所から約10分のところにDDGの地雷処理現場がある。
ここはカブール市の真ん中で、ビビマッハロ丘がある。
 ソ連との戦争間、あるいは内戦時代も含めてカブール争奪の攻防の要として存在している。 標高差は市街地より100mほどの高地であるが、カブール全域 を指呼の間に収め、戦闘になると極めて重要な地形となる。1990年ソ連が撤退したあと、当時の共産党政権の支配に抵抗したムジャヒディンはこの丘を確 保、ゲリラ戦を展開し、この要点の確保のため周囲にたくさんの地雷を敷設したのである。
 この地は丘の斜面に墓地がたくさんあって、またカブール市民の生活の拠点でもあり日常的に使用しているから、これまで地雷による住民の被害が数多く発生 したが、あまりにも要点であるので地雷の撤去を軍隊が許可しなかったわけである。しかしながらカルザイ政権となり、この地を市民の憩いの場所として使用す る計画ができて地雷の処理が始まった。
 地雷は丘の斜面の全周を取り巻くように敷設されているが、とりわけ丘の頂上に通じる道のような所では無数の対人地雷が現在もはっきりと識別できる。斜面であるから、雨風の影響で表土がはがれて数多くの地雷が剥き出しになっている。
 ここで地雷作業が行われているが、作業員は、人が転げ落ちるような斜面に這いつくばって地雷処理を行っている。目下気温は40度を遥かに越えているであ ろう。自衛隊にいて、幾らか地雷を扱ってきた身でもこのような大量に敷設され、足元のすぐそばに何時でも爆発する地雷があると不気味でもある。
 この地ではDDGの2個の地雷処理隊約50人と他のNGOの地雷処理隊1個チームが活動している。毎日10個以上の地雷を発見し、爆破している。丘の中 腹まで立てられた住民の家は破壊され尽くして見るも無残な状況であるが、住民は地雷の処理の進展を今や遅しと注目している。彼らは、地雷処理が終わればす ぐに避難民生活から開放され壊された家に戻り一部を復旧し生活を始めるのである。 日干し煉瓦の家は。お世辞にも立派とはいいがたいが彼らにとってはいく らかでも平和を感じ我が家で生活できるという喜びであるのかもしれない。この丘の処理には後3ヶ月を要すると言うことである。
 丘の頂上には破壊されたソ連製の高射砲が今でも露天にさらされている。危険性の高い地雷処理作業であるが、国の再建のためにはまず地雷の処理は避けて通れない第1歩である。
己の身の危険を返りみず炎天下黙々と地雷処理にあたるこの国の人たちの姿にこの国の平和を祈るばかりである。
8月17日   記

第  5  報

今日は 日本は冷夏で秋の足音も聞こえると伝えられますが、こちらは午後1時から3時過ぎまで依然酷暑です。
 南の方で(地名不明)NGOが襲われたとの情報が、20日伝えられましたが新聞がなく真相はわかりません。パキスタンの新聞が遅れて入りますのでその中の記事で却って真相が伝わるようです。
 ところで、本日は、休暇中だったDDGプロジェクトマネージャーのヤーン氏がスエーデンから帰ってきました。一緒に帰った子供と奥様はパキスタンの自宅に残し、単身で勤務しております。
カブールとイスラマバードに半々づつ滞在し勤務している現役陸軍大尉で、現在DDGへ出向中です。特殊部隊出です。その出身のとおり、快活な人物で、軍人そのものです。
愉快につき合えそうで喜んでおります。特に歩兵の日本人某氏とは気が合いそうです。
明日はロガというカブール市街から南へ車で1.5時間行ったところで実施している不発弾処理現場の作業のやり方を研修に行きます。本組織のマネージメント について、連日すべてのスタッフが率直に説明してくれますのでこちらもしつこいぐらい質問して把握しております。
現地雇用のアフガン人の間では、日本がアフガンの地雷処理に乗り出してくるとの噂が広まり、日本が来ればその組織で働きたいと話している者が多いと聞いております。
このような噂が噂だけで終わったら申し訳ないと人の良い某JMASアドバイザーは責任を感じつつあります。
車の90%が日本車ですが、その影響ばかりでなく日露戦以来極めて親日的な伝統が生きていることを現地雇用のスタッフの言動から感じます。

イラクの国連本部への爆発テロがCNNで伝えられました。DDGもイラクのバスラへすでに爆破処理の専門家をアフガンから派遣しておりますので心配の様子です。必ずしも安定していないアフガンも今後、油断は出来ないと思います。

それでは本日はこれで失礼いたします。

園部、古賀

第  6  報

21日、朝0630発でカブール南に位置するロガでのUXO現場に研修に行きました。
郊外は道路が舗装されておりますが狭くかつ整備が悪くいつ事故が起こってもおかしくない状況です。道路沿いに電柱はありますが電線は破壊または窃取されてありません。そのため郊外には電力システムもないと推測されます。
 本日の不発弾処理は旧ソ連軍の基地があったところでその後、共産政権の国軍およびタリバンが軍基地を維持したところです。現在は新国軍が維持しておりま す。旧ソ連製の榴弾砲および高射砲、戦車等が放置されておりました。いずれの軍も兵器を整備維持出来ず、兵器はカニバリングされ使用できなくなったものと 思います。
 未使用の榴弾砲弾、対戦車ロケット弾、迫撃砲弾、各種信管が発掘または地表放棄状態から集められておりました。(砲弾用探知機を使用)おそらくカンボジアもこのような状態なのでしょう。
近くの村を一軒一軒調査しつつ不発弾等を集めてもおりましたが中にはソ連と戦ったモジャヘデンの兵器庫跡から未使用の新品同様の82M迫撃砲弾が30発ほ ど埋まった状態で発見されておりました。中国製の手投げ弾(木製)エジプトの砲弾、米軍の迫撃砲弾等もあり大変バラエテーに富んでおります。動かせない物 はその場で爆破処理し、その他は処理場を設定しておりますのでそこに運搬し爆破処理するようです。この処理現場は日曜に行くことになっております。想像以 上の戦禍に会い、至る所が荒廃しているように見受けられます。
 ところで、カンダハルでの地雷処理等は現在治安が悪く禁止されておりますが日本の建設会社が道路工事で入っていると聞きました。そのため道路も良くなりつつあるという事です?
大林組と日本工営ですがもう一つの建設会社名はわかりません。
国連が作った地図によると工事予定の道路沿いにはいたるところ地雷埋設の疑いのある箇所があり、工事の進展に伴いどのように処理するのか少し心配になります。
 アフガンに存在する地雷と砲弾の構造等の実物教育も連日受けておりますので自衛官時の職種に関係なく相当詳しくなりつつあります。某歩兵出身顧問は施設と同じような地雷知識をものにしつつあります。夜は暇ですので地雷およびNGO管理等の勉強ばかりです。
朝も0400~0500起床で勉強?です。このような生活を維持すれば健康的で、精神的にも健全で充実感があり理想的な生活かもしれません。いつまで続くのかは疑問ですが?
 明日は金曜で、アフガン国連地雷センターの3名の日本人スタッフも交えバーベキュパーテイをDDGが開いてくれます。
普段お酒を飲まない某顧問も楽しみにしております。

園部、古賀

第  7  報

23日、バクラム飛行場の不発弾処理現場での研修に赴きました。
同飛行場の周囲を囲む二重柵内は地雷原でこの柵の内外(内側は基地、外側は耕作地及び農家)には未使用爆弾等が散乱しております。地雷原の標示もしていな いので、先週、基地内で働くアフガン婦人が壊れた有刺鉄線からこの地雷原に入り片足を吹き飛ばされました。なぜ現在基地を使用している米軍等が地雷の危険 標示をしていないのか疑問です。余裕がないのでしょうか?
 滑走路と内側柵内に未使用または使用した爆弾、ミサイルが散乱している惨状及びその外柵沿いの一面の葡萄畑と麦畑を耕作していた農民が、現在パキスタン への難民となっている現状を見ますと内戦が20年以上続いたこの国の荒廃状況が良くわかります。地雷等の状況に加え、このところ続いている干ばつが避難民 の帰国を遅らせております。
 散乱している旧ソ連製のクラスター爆弾=AO-2.5RTM(農民が金属を取り売却するためデスペンサーから取り出したとも想像できますし、ムジャヘデンと旧ソ連軍の戦闘でソ連側が使用したものの、不発となったとも考えられます。)の数は信じられないぐらい多く散乱し、畑の畦等に集積されております。さらにPFM-1(ヘリコプターから散布する蝶々型対人地雷)がデスペンサーに入ったまま放置され、250-500ポンド爆弾、ミサイルの弾頭、等も放置されたままです。
これらを集め爆破処理するとともに運搬可能なものは人家がない窪地にコンテナを利用した集積倉庫を設け、後刻まとめて爆破場(DMS)で処理する手順となっております。(爆破現場は研修予定です)
 農民等は爆薬を放置爆弾から盗みだし売却するようですが、ミサイル弾頭の高性能爆薬は1kgが12米ドルと比較的高い値段で取引されているとのことです。テロ等に使われたら大変ですので処理作業の促進が急がれるところです。
現場での爆破を見ましたがSOPとおりの警告および爆破処理手順を踏んでおり処理技術水準は陸自施設部隊に負けないほどです。爆薬及び電気雷管はパキスタン製を輸入し使用しております。

なお、日本大使館に勤務している女性(書記官?)によりますとカンダハル方面からカブールへの高速道路の舗装等を実施している日本の建設会社は大成、大 林組、大日本土木の三社とのことです。工事の際の地雷処理はMACAへ依頼しているとのことですが、南部地域では2-3日前に、地雷犬を使用して地雷処理 中のアフガンNGOが襲われたそうですのでこれからが工事も大変だろうと思います。
園部、古賀

第  8  報

24日、本日はDDGが持っている唯一の地雷処理機械(小松製作所のイタリヤ工場生産?)のテスト訓練を朝0630から乾燥した畑で見ました。
建設工事用のバックホウとドーザーブレードが前後についている小型機械です。
タイヤは鎖の帷子(かたびら)でカバーし、ガラスは8ミリ、鉄板は約8~10ミリを装着しオペレーターを防護しております。これらの防護装備は全部DDGが発注したようです。
主にバックホーで対人地雷を掘り起こし処理する計画です。
一度本物の地雷原でテストしたところ、戦車地雷に遭遇し(発見のみ)作業を中止したとのことです。
今後、どのように使うか運用方法をいろいろ試して行くようです。
もっとも、一台の機械の購入運用で人間60名が雇えるとの批判意見もありました。
 ところで、地図はカブール市内の簡単な古い観光地図および旧ソ連が作ったグリット付きの軍用地図の複製品がありますがカブール市内の現状と随分違うところがあるようです。
DDG事務所がある場所さえ正確に地図上で指し示すことが、私どもより長く滞在している者でもできません。(名誉のため名前は伏します)
元自衛官の意地でこちらは何とか正確な位置を掴みつつあります。 
(多分間違いないでしょうが)

現地研修の外、地雷及び不発弾処理のマネージメントについて本部各担当者からブリーフィングを受けておりますが優秀な現地スタッフが多く説明内容も具体的でわかりやすいものです。
最も軍隊のマネージメントそのものですのでお互いに外国語(英語)で話していてもバックグランドが同じですのですぐ理解できます。
不思議なものです。
DDG職員の構成についてみますと、約260名の内、外国人は5人のみでほとんど実質的な仕事は現地人が実施し、効率的に行われておりますので、数年以内には全部現地人になるようです。
誇り高いアフガン人にはそれが望ましいと思います。
有名なNGOハロートラストも職員2,500名のうち英国人は5名以下と聞きました。
とにかく現地人の活用、本来の国際NGO要員は出来るだけ少なくが大きな方針とみうけられます。
人件費の高い国際NGO要員より現地の優秀なスタッフを雇用したほうがすべての面でうまく行くのは当然かと思います。
機微な仕事は現地語でしか出来ませんし、また、緊急時こそ現地語のみ飛び交うでしようから安全第一の地雷及びUXO処理は現地人使用優先、現地人教育の充実を着眼にすべきとの感想を持ちました。明日は日本大使館に行き情報をいろいろ聞いてきます。以上報告いたします。

園部、古賀拝

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