地雷処理状況調査02

園部顧問 古賀顧問

第  9  報

こんにちは、頭の中が英語で動くようになりましたが逆に日本語のメールがうまく書けなくなっております。何と単純なあたまなのでしょうか?
二人とも軽い下痢を経験しましたが洗礼を受けたようなものですので元気です。
さて、本日、25日、日本大使館を訪れましたが約束していた政務担当者とこちらへ帰任したばかりの安藤防衛駐在官は突然出先から帰らず、しばらく待ちましたが会うのをあきらめました。
後日に改めて行くことになりました。イスラム国の時間観念はこんなものですので全く気になりません。
日本大使館は豪華なプールとテニスコートのついた豪邸です。
警備員を10名以上配置し厳重に出入りをチエックしておりました。
想像するに富豪の邸宅ではないでしょうか。
20名も日本人が勤務しているとのことです。日本政府の力の入れ方がわかります。成果は別としまして………
カブールにおる外国人は治安を担当しているISAF(軍隊)および大使館をはじめNGOにいたるまで全部バリケードで囲うかまたは警備員を雇用して塀と門で自己組織を守っている状況です。
これを見ただけで、情勢が安定したとはとても思えません。
本日大使館で待機中、園部は驚くような出会いがありました。
5月に東チモールへ杉尾氏と行った際お世話になつた飛島建設の吉田東チモール所長さんがカブールの所長へ赴任しておりました。(多分、初代所長でしょう)
 先方は専門員と見られる方と商談に直ぐ入りましたので詳しい話は出来ませんでした。
民間会社は何とたくましのでしょう! NGOも負けてはいられません。
人との出会いの大切さを図らずも体験しました。
本日は本部ドクターから地雷処理作業等の医療支援についてレクチャーと地雷処理現場での実地訓練の説明を受けました。
実に見事に地雷処理事故発生時の処理訓練がなされておりました。
医者の数はこの組織全体で8人、緊急措置隊員(訓練を受けた)が各チームに一名おります。
連絡態勢の無線装置も完全装備です。
町の病院で働くよりNGOで働く方が給料が高く優秀な人が来ております。
傷害発生時の保険措置等もきちんとされており感心しております。
明日はジャララバードへ行き、不発弾処理および地域爆発処理場を研修してきます。カブールから130km、1泊します。
本日停電3回、自家発電で対応、停電時間長くて20分程度です。
日本大使館は冷房が利いておりました。冷房なくとも充分部屋の中は耐えられ、明け方は涼しいです。

園部、古賀拝

第  10  報

26日、カブールから130km、カブールに比較して標高1300mも下にあるジャララバードへ1泊で行きました。
同市付近は治安状況が悪いので当初3泊の予定が1泊に短縮されました。
同地にはDDGの不発弾処理チーム8個チーム、40名が活動中です。
オサマビン・ラデンの住居が同市近郊にありましたので、米軍の戦闘機等による空爆が多く行われ、問題のクラスター爆弾が散布されたところです。
子供の事故を避ける意味合いからも昨年度の処理の優先順位はBLU97の処理に集中した由。
約200個を処理済みでした。
同クラスター爆弾は同市近傍にはもう存在しないそうです。
現在は各村を回り、地雷・不発弾等の危険性につき子供を主体に教育を実施しつつ、主として旧ソ連とモジャヘデンの戦闘時代の爆弾、ミサイル、迫撃砲弾等を集めて処理しておりました。
私どもが訪れた村は四輪駆動(トヨタランドクルーザー)で岩だらけの険しい道を、(途中3回、余りにも急峻で回転半径が小さいため上ることが出来ず、バックしてハンドルを切り直し)ようやく5~7キロ?程たどり深い渓谷の中にありました。
旧ソ連の戦車、装甲車は近づけず、空からのヘリおよび戦闘機による攻撃を受けたムジャヘデンが戦闘基地にしたところです。
旧ソ連が落とした100ポンド普通弾が2発不発で残っており、またムジャヘデンが地中に保存していた中国製の迫撃砲弾が多数発見されました。
また、中国製の対戦車ロケット弾もいくらかあり、現場で爆破処理が即実施され技術力の高さを確認した次第です。
同村は40家族が生活しておりこれまで不発弾等で15名が犠牲になったとの説明を受けました。
旧ソ連が結局敗退した形で引き上げた理由を本当に納得しました。

また、ジャララバードまでの130kmの道路途中にかなりの数にのぼるソ連製装甲車の残骸があり、中には2台ほどの戦車も散見されました。
各村から集めた不発弾を一カ所に集めて処理するCDSも研修しましたが見事な処理ぶりでした。
同じ場所でアフガンのNGOがやはりソ連製の50m機関銃弾木箱2個を処理中でしたがDDGとの調整なく爆破を実施しようとし一悶着ありました。
びっくりしたのは2月には地下に保管されていた古い地雷を一カ所で3000個発見し処理したとのことです。どこに何が存在するか本当に恐ろしいほどの戦禍の跡です。

帰路、標高差1300mの狭い道路をカブールに上る際、昨夜の雨で道路が少し壊れたため大渋滞となり、下りは4時間待っても全く動かない有様でした。
道路整備についても国家の機能が零といってもよいと思います。
また、道路はマスクなしにはほこりで歩けません。

園部、古賀

第  11  報

本日、安藤防衛駐在官と面談しました。
大変活発に活動し、仕事が面白くて仕方がないといった様子、終始笑顔で健康そうで自衛官らしい勤務ぶりでした。
同氏の情報によると、DDR問題については既に方針が決まり、日本が中心となり国際監視団を在カブール関係国武官および状況によりISAF関係者を加え、 3名一個チームで、6個チーム構成し、4個チームを地方に派遣し、交代で武装解除の監視活動を行う方向で動いているそうです。(予備2個チーム)
従いまして、JMASに再度、要員派遣を要請してくる可能性は少ないと判断します。
この問題についてはタジク人が主要ポストをしめる国防省の人事をまず変えることが必要との大統領指針が6月に打ち出されたものの、現地スタッフの情報によ ると未だ実行されていないそうです。どのアフガン人に聞いても同計画の成功はおぼつかないとの意見で一致しております。
難しい問題に日本も取り組んだものです。
国連の各組織に対する現地の評判ははかばかしくなく、誇り高いアフガン人の心をとらえつつ、イスラム教徒の信条を理解しながら、満足の行くように助けるには従来の国連のやり方に限界があるような気もします。
現地人の誇りを充分満足させつつ、肝心なところは管理しつつも、全面的に仕事が任せられるかどうかが問われていると考えます。

二人とも元気です、某歩兵顧問は本日武官より燃料を供給していただき益々元気です。
ご安心ください。

園部、古賀

第  12  報

30日(土) 午前0730から、カブール空港を見下ろす、ビビマハラ丘(既報のバヒラ丘は発音間違いでした)の地雷処理現場で新たな地雷線を発見したところを研修しました。(同丘は3回目)
  外気温40度?に、標高18000m、防護服5kg、30歳代前半の現地人チームリーダも約250mのきつい坂はゆっくり上がります。ただでも息が切れる のにバイザー(面覆い)は想像以上に呼吸を妨げます。丘を一周するとゴルフで1ラウンド歩いた程度のエネルギー消耗のような感じです。現地地雷処理者は旧 ソ連軍製の水筒を利用している者も多いですが6時間の作業で2~3本分、水分を補給するとのことです。
  現役時に習った戦術的観点から同丘の防御線を分析してみると地雷が存在する地域は簡単に識別できます。もっとも地雷がないであろう判断しても100%安全 と言えない限り。疑わしいところはずべてSOPとおり処理するのがいわゆる100%処理の前提ですので、折角戦術的観点から自信を持ってここはないと判断 しても、結論としては処理作業を実施せざるをえません。
  あと五ヶ月で新年、処理後のこの丘には元旦等に約5000人が集まるだろうと予想されております。(カブールの平和な光景を象徴する丘になることが目に浮かびます)頂上で汗を拭きつつ、無事故で予定通り処理が三ヶ月で完了することを心から祈りました。
唯一車が通れる処理済みの道路を登ってきた、ISAF(カナダ軍)の偵察車が頂上に2台駐車し、アンテナを車上に立て通信中でしたが処理中の地雷原が周辺 にあることを知らない様子でした。カナダ軍の隊員がいた位置は処理中の場所から10mと離れておりませんでした。誤って地雷が爆発した場合は怪我をするの は必定、のんきなものです。ISAFの情勢認識を推し量るには格好なサンプルとなりました。
  DDGアドバイザーが彼らに注意喚起しましたが効果のほどは疑問です。
基地をテロ攻撃から守るため厳重に要塞化し、外では機関銃で武装し、猛スピードでパトロールする彼らの存在が治安維持の大きな手段です。
このような状況から1日でも早く抜け出すことがこの国の最優先課題ですがいつ抜け出せるかの見通しはどこからも聞こえてきません。
  10時頃、バクラム空港付近で地雷処理作業中のDDGチームから対戦車地雷発見の報告が入り、急遽研修に赴くこととなりました。
地雷が発見された道路は住民が現在も利用している道路で既報のとおり昨年九月1日にNGOの救急車が対戦車地雷を踏み4人死傷者を出したところです。
本日発見されたところは昨年の爆発現場から13mはなれた同じ道路内です。
さすがに車両が通行するのは禁止されていますが付近の住民の生活通路として子供たちも通学および遊びにこの道路を毎日使用しております。
地雷はイラン製の地雷でおそらくムジャヘデインが埋設したと考えられます。
民家のドアーから2mしか離れておりませんが住民を退去させ爆破処理されました。
戦術的観点から散布地雷の規模を推測しますとおそらくあと4個ぐらいは道路内に埋設されていると考えられます。
  同地への往復間、ジャパンプラットホームからの情報にありましたショマリ高原を80kmで駆け抜けましたが特に変わった状況はありませんでした。
こちらの話では国連のNGOに関する治安上情報はあまり分析することなく伝達され、この種情報が多すぎるとの評価が定着しております。
  以上同じような報告内容で申し訳ありません。
  あと実質的に約10日、精一杯頑張ります。

園部、古賀拝

第  13  報

9月1日、カブールから62kmのロガ県にある旧ソ連のヘリ基地跡付近での不発弾処理現場へ向かいました。
車轍板を敷き並べた、ヘリ発着場(300m×70m)がそのまま残っておりました。アフガンでは利用出来る材料は何でも付近住民が使ってしまうのに不思議なことにこの穴あき鉄板はそのままでした。堅固に組み立てられおり人力では剥がせないのでしょう。
同地付近には生徒1300人が通学する中学校と高校を組み合わせた学校があり、同校は基地跡(戦闘の跡)に建てられたため、校庭には不発弾類が埋められたままで残っていることから、その清掃をDDGが要望され実施しておりました。
校庭には1944年製のソ連製突撃砲の残骸が残っており、また運動場には色々な発射済み弾頭が地上に放置されておりました。
不発弾捜索用のロケーター(米国製)で運動場の地中を捜索しておりましたが、作業は2名で、1週間程度かかると見込まれます。
また、もう1個チームは、アフガンではたいへん珍しい河の水がきれいな村の不発弾捜索を行っておりました、水に不自由しないため豊かな村に見えました。
村民の一人が呼びかけに応じ、自分の庭に埋まっていた旧ソ連製の対空機関砲の未使用弾薬箱と砲弾1個を提出した現場に立ち会いました。
なぜこのような農家に弾薬があるのか不思議に思いましたがよく付近を観察して見ますとカブールとカンダハルを結ぶ道路を制する地形上の要点が近くに存在し、その頂上に対空陣地らしい跡が散見されたためその理由を納得しました。
農村の人たちの素朴さはどこでも共通でウーロン茶に似た「シンチャ」をごちそうになり暑い中、一服の清涼感を心地よく味わいました。
今週はスエーデン人でDDGの組織に所属する軍人出向者(アフガン国連地雷センターに勤務)が国連の人道支援機関の人たちとカンダハル付近で日本の建設会社及びトルコの会社が実施中の道路整備(舗装)現場を視察する計画です。
治安および地雷状況について視察し今後のNGOの展開を検討するものと思われます。
現在同地域の地雷除去活動は中止されておりますがこれを再開する見込みはないようです。
米軍等のタリバン残党との戦闘が8月26~29日間、行われたばかりですのでやむを得ないと考えられます。

園部、古賀

第  14  報

9月2日 本日はアフガンの遺棄爆発物(EXO)のひどさを示す現象を垣間見る事となりました。
DDGに一人のカブール市民から緊急要請が入り、住宅建設予定現場から遺棄爆発物を回収する作業が実施されました。
残念ながら回収現場を見ることは出来ませでしたがそれを爆発処理サイトで爆発処理する現場を研修しました。
政府所有の土地を市民に住宅用地として払い下げた場所ですが隣接地には外務省の建物および各国の大使館がある中心街です。
同地には旧ソ連の軍事基地があったそうですので武器保管倉庫があったのかもしれません。
ヘリに搭載する対戦車ロケット弾、95発、122H砲弾、61発、中国製対戦車ロケット弾42発、中国製迫撃砲弾26発及び各種信管類多数です。
共産政権及びムジャヘデン並びにタリバンも一時基地として利用したと思われます。
これらの弾薬等が未使用・未処理のままカブール市内中心街に放置されていたことが驚きです。
戦車・装甲車等の遺棄兵器の回収責任は政府にあり、遺棄爆発物は国連(MACA)を通じNGOが処理する事となっております。
銅その他の貴重な金属類を付近住民に剥がし、鉄屑だけになった遺棄兵器はいたるところに散見され、片づけられている様子は窺えません。
バクラムの地雷処理現場にも本日早朝、再度入りましたが前回に比し相当作業が進んでおりました。対戦車地雷を発見処理した道路現場にその後平気で車が1台入り込んだ由、入り口は赤旗を立て作業中は封鎖しているのにこのありさまです。
ところで、今朝、午前3時頃、私どもの宿舎近傍で小銃らしきものが発射されましたISAFの基地が近くにあり、兵士が朝、付近の治安点検をしておりました。
スエーデン人はこの音に気付いたそうですが日本人元自衛官は熟睡中で気がつきませんでした。
危機意識の差でしょうか?
その後さらに明け方に、軽い地震があったのですがさすがに歩兵出身の某顧問の方はこれに気付いたそうです。施設出身の方は熟睡中でした。
危機発生時の生存確率を暗示するエピソードでした。

園部、古賀

第 15 報

DC(地雷探知犬センター)の地雷犬訓練場を研修しました。

ドイツの支援を受けたアフガンロカールNGOが犬を使った地雷探知をしております。特に地雷原調査を行うMCPAとの連携で活躍しております。ここのところ規模が拡大され250匹を保有しているとのことです。
ドイツ及びベルギーのシェパードを生後2ヶ月から育て、野外で地雷犬として使えるのに訓練が2年かかるとのことです。(ドイツ人アドバイザーが指導)
その後、地雷犬として平均8年間活動出来るようです。
本物のプラスチック地雷(もちろん撃針を抜いた爆薬のみ)を見事に次々と発見しておりました。その能力にいささか驚きました。
操作者は約8m離れたところから犬を操り幅0.5mの経路を捜索します。
当然ながら風の方向は特に大事で風下から捜索します。
アフガンの地雷発見の55%は地雷犬によるとMDCの代表者は自信たっぷりに話しておりました。
犬専用のクリニックを備え獣医が数人おり薬を驚くほど沢山保管しておりました。
犬の病気で多いのは人間と同じで下痢、ついで皮膚病等と説明しておりまた。
DDGもドイツから訓練済みの犬を取り寄せテストする計画を持っております。
実にドイツらしい立派な訓練施設と合理的な訓練ぶりでした。

第 16 報

4日、アフガニスタンにおける地雷処理計画の立案及び同計画実施に関する総合統制調整活動をしているUNMACA(国連アフガン地雷処理センター)を訪問しました。
このセンターには日本人スタッフが3名勤務しておられまして、その中でも最も若い久保氏にセンター内を案内していただきました。インターナショナルスタッフは全部で20名です。
プログラムマネージャー(センター長)はダン・ケリー氏といい、国連地雷処理活動についてはコソボ等でも働いたベテランでカナダ軍出身(退官者)と聞いておりましたので表敬訪問時も当初から親近感を持って接することとなりました。
思っていたとおり気さくな人柄で、日本製の「イカの薫製」を出され、郷愁を誘われた上、珍しくわかりやすい英語を話すため何か当初から話す内容がすべてわかったような錯覚にとらわれました。本当は完全にわかっていないのですが(ここの発言は園部の独白です)
 同氏のラップトップパソコンでアフガンの地雷処理の概要特に2003年から2012年までの10年間でアフガンの地雷処理を完了する長期計画についてブリーフィングを受けました。
その計画によると2006年が各NGO等のアフガン人地雷処理者の総数がピークになる年とのことです。(約7、600名強)
 この計画の他に、今後三年間で兵士を逐次除隊させ、地雷処理をさせながら社会復帰の職業訓練も行うDDR計画があります。これは日本が資金の大部分を出 して実行する計画ですがその対象者の数は7,900名です。社会復帰時の職業確保が本当に出来るのか、地方軍閥が武装解除に応じるのか現地の状況を見てい ますと、大変実行のむずかしい計画のように思われます。
同センターの2002年の年報をもらいましたがその資料によりますと地雷処理活動に対する各国及び主要な基金財団等の拠出金の割合は、断然日本が多く、総額6,600万米ドルのうち32%を日本が拠出、第二の拠出国はECで16%と日本の半額です。
同センターにとりましては、各国および基金財団等の目がイラク問題に集中している現状から、地雷処理活動運営基金を長期計画どおり、今後も確保できるかどうかが大きな課題ですので、日本への期待がさらに高まるのは当然なことと思われました。
また、カンボジァのCMACのように同センターの果たしている役割をアフガニスタンの政府機関に移すのは最終目標ですがその目途は現在のところ全く立って いないのが実状と見受けられました。さらに、対人地雷全面禁止条約にアフガニスタンも署名、批准しましたが、今後4年以内の完全廃棄へのプロセスは全く 立っていないようです。
 最後に私ども自衛官退職者に関係する話題ですが、センターのスタッフの内、カナダ軍退官者がプログラムマネージャーの他、2名おり、合計3名勤務しておりました。
国際機関で現役時の経験を生かし、このような形で働く退職者自衛官が増えれば本当の顔の見える支援になると少しうらやましくもなりました。  

園部、古賀

第 17 報

7日、本日はアフガニスタンの地雷処理NGO(OMAR)が開いている地雷博物館を見学しました。
 この博物館はアフガニスタンで使われた地雷及びEODのほとんどを収集展示しており、ISAF(国際治安支援軍)へ派遣されている各国の兵士は平均6ヶ 月で交代しますが、新しく到着した兵士の教育・訓練のコースにこの博物館の見学が組み込まれているようです。従って大変見学者の多い博物館です。日本人の 見学者も多いようで、案内していただいたシャワリ博士は何と日本語と英語を併記した名札をつけており、また、日本語で我々に挨拶をしました。典型的な親日 家と見受けました。
 米軍の使用したバンカー爆弾、クラスター爆弾を含め、EODは70種、地雷は50種程度展示していますがよく分類し、理解しやすいように工夫しておりま した。それにしてもこの種類の多さは想像を超えます。これらの兵器が全土を汚染しているのですから月平均150人以上の犠牲者数もあながち誇張ではないと 納得しました。展示品の説明カードに地雷等の恐ろしさについてさらに詳しく書かれていれば子供達への普及教育に役に立つと感じました。(子供の見学を現在 受け入れているかどうかは不明)
 午後は地雷処理、EXO処理に不可欠な爆薬の保管状況、使用手続き等を研修するため、国連地雷処理センターの爆薬貯蔵庫へ向かいました。地下貯蔵庫は 10棟くらい並んでおり各NGOは別個に使用爆薬を保管しております。DDGの保管爆薬は大変な数量です。ISAFに派遣されたデンマーク軍から譲り受け た爆薬がその大部分を占めております。デンマーク陸軍内にEODの専門部隊および訓練課程があるくらいですから地雷処理および不発弾処理専用にセット化さ れた各種プラスチック爆薬がそろっています。自衛隊ではこの種の地雷処理あるいは不発弾用に専用化された爆薬はないので大変参考になりました。
 NGOの使用爆薬をアフガニスタンで入手する手続きは国連地雷処理センターへ年一回要請し、同センターがパキスタン軍と契約して一括購入します。パキス タン軍の軍事工場からパキスタン軍が国境まで護送し、アフガン国内はアフガン国軍が護衛し、陸路運搬するシステムになっております。(対テロ対策上厳重な 管理は当然です)
DDG組織内の爆薬配分、記録、保管、使用もすべて厳重に軍隊組織と同様に厳重に規則化されて管理されており、私どもの自衛隊での経験に照らしてみても安心感を覚える取り扱いぶりです。
研修も残り少なくなりましたが二人とも健康で益々元気です。

第 18 報

8日 国連アフガン地雷センター(UNMACA)の統制を受けるローカルNGOのMETAが実施した地雷処理現場における作業の品質管理を研修しました。

注:METAの任務は
① 各NGOが実施する地雷処理等の作業をモニターし、現場でその作業を客観的に評価し、地雷センターおよび各NGOに評価結果を報告し作業の品質管理に寄与すること(作業の標準化、安全化、効率化、作質レベルの維持)
② 地雷作業事故の調査
③ 地雷作業に関する技術及び管理の訓練(地雷作業従事者の訓練)
等です。

実質的にはこの組織で地雷処理者が育成されます。いわば教え子の現場作業を先生が評価して作業品質を維持していると言ってもよいと思います。
全国に5カ所の訓練所を保有し、総数で約7、000名近い地雷処理(EOD)者はこの訓練コースを出ております。

本日、METAが実施した評価現場はローカルNGOのATC(アフガン テクニカル コンサルタント)が実施しているカブール郊外の旧ソ連軍基地跡の地雷処理現場でした。
同現場はムジャヘデインと旧ソ連軍、タリバンと北部同盟軍との戦場になった場所と見られます。
基地防衛のため地雷が敷設されたと疑われている場所です。

評価チームは3名1組で各地雷作業者の現場を見て回り、実際に地雷探知機の操作点検、各器材の使用方法、各人の士気規律の点検、地雷標識の適切性等
具体的にチェクリストを持って厳しく点検しておりました。
現場には事前に点検を知らせていないので地雷作業者の緊張感がこちらにも伝わりました。
この制度は自衛隊で言えば事前予告なし検閲制度と言ってもよいと思います。
大変良い制度組織と受け取りました。

この現場にはISAF(国際治安支援軍)が新しい基地を建設する予定で、建設会社が入り、一部の建設が地雷処理作業と平行して行われておりましたが、7 月、ATCが処理を開始してからこれまで1個も地雷は発見されておりません。当然ながら周辺には兵器・車両等の残骸は多くありました

また、ATCは日本の山梨日立建設株式会社が開発した油圧ショベル処理機械を一台使用し作業をしていましたので当方には大変参考になりました。
同ショベルで処理した地域をさらに地雷探知機と地雷探知針等の手作業で地雷を捜査確認する手順を採っておりましたが、施設出身の某顧問はその作業要領に不満を露わにして盛んに質問しましたが糠に釘といった様相でした。自衛隊ならもっと効率的に正確にやるのに!

本日のように建設作業による国土復興と地雷処理作業の組み合わせは荒廃しきっているアフガンでは大変有効な方式で、今後の支援の方向を示唆していると思われます。

明日、9日はアフガンの英雄、マスード将軍が米国の9.11テロの2日前にアルカイダによるテロで倒れてから2年目の命日でカブールは喪に服し、休日です。
私どもはパキスタンのDDG事務所へ国連機で移動します。
同事務所は銀行システムが機能していないアフガンでの作業のための後方支援基地であり調達、及び会計処理をコペンハーゲンの本部と調整しつつ実施しております。
明日から地雷現場を離れての報告となります。

園部、古賀

第 19 報

10日、イスラマバードのDDG事務所で会計処理及び物品調達について説明を受けました.
物品調達と銀行システムが機能していないアフガニスタンで車及び地雷探知機をはじめとする必要な物品をどのように調達するか、そして現地人スタッフへの給 料支払い等の会計決済措置を間違いのないようにするにはどうすれば良いかがNGO組織のアフガン立ち上げ時の最大の問題です。
DDGは銀行システムおよび貿易システムが機能しているイスラマバードに組織立ち上げの拠点を1998年に設定し、口座を開設し、デンマークの本部からの活動資金を受領して活動を開始しております。
国際NGOとしての関税面での優遇措置を受け、かつ物品の調達に便利なパキスタンを後方支援拠点とするため、パキスタン及びアフガニスタンの両政府(外務省)からまず組織の承認を受けております。
車は国連関連機関を通して国連価格(安い)で注文し、さらに地雷探知機、個人防護衣等、かなりの物品をノルエー、英国等の各生産国へ注文し、パキスタンへ輸入した後、陸路アフガンへ再輸出して組織を立ち上げております。
現地人スタッフの給料等はペシャワールのマネーデイラーとカブールのマネーデイラーに依頼し直接カブール事務所へ届くように手配されており、DDGのスタッフがリスクを犯して現金を運搬する必要はありません。
手数料は当然ながら高いでしょうが、事故は今まで皆無とのことです。
世界中どのような地域であれ何らかの形でキャシュフローは存在すると感心しました。
このほか、肝心の組織運用の必要経費等の細部の情報も入手しました。
ところで、私どもがパキスタンへ移動する前日、デンマークのNGOで井戸掘り支援をしているDACAARの現地人スタッフが、カンダハルの北方で武装したグループに車を止められ4人が殺害されたニュースが飛び込んできました。
本年4月頃以降、この種事件が多くあり、地方では以前より治安状況が悪くなっているようです。
 現地人の生活及び農業に大切な灌漑および飲料用の井戸を掘っている人たちを外国人とともに仕事をしていると言う理由だけで襲う武装集団(タリバン?)の考えを理解するのは全く困難です。
とにかく外国人排除の攘夷にだけ走っているとしか思えません。
この報告を持って私どものアフガン研修の報告を終了させていただきます。
長い間、お粗末な報告をお読みいただき有り難うございました。
元気で帰国いたします。

園部、古賀

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