2015/3/16
2009年8月14日政府発行の「Highlighting Japan through articles」のJuly2009のWebサイトにアンゴラの土井義尚現地代表の紹介記事が掲載されました。
July2009の11ページ目のSenior Citizens Offer World a Wealth of Expertiseで日本の多くの高齢者は、そのキャリアや技術を、国際的舞台で役立てたいと願っています。
として二人の日本人を紹介しています。
として二人の日本人を紹介しています。
土井代表がNGO日本地雷処理を支援する会を設立するきっかけとなった動機や経緯、また、初代理事長を退任してからアンゴラの現地代表として勤務しており、輸送用コンテナを宿舎兼事務所としての現地での生活勤務状況等が紹介されています。
細部は下記URLの「Senior Citizens Offer World a Wealth of Expertise」をご覧ください。
http://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/arti20090701.html
http://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/arti20090701.html
同上日本語訳
世界に豊かな専門知識を提供する、高齢者 |
多くの高齢者は、そのキャリアや技術を、国際的舞台で役立てたいと願っています。
世界をより良くするために働いている、お二人の方に、お話しを伺いました。 |
不発弾処理の専門家として、陸上自衛隊で長年任務を遂行していた土井義尚さん。1999年に退官(定年)を迎えしばらくして、元同僚から不発弾処理と地雷処理のNGOを立ち上げる話を持ちかけられました。
「私にとって自衛官とは、危険を覚悟しながらも、趣味といえるほど好きな仕事でした。定年さえなければ、もっと続けたかった。だから、不発弾処理と地雷処理という我々にしかできない仕事を続けられ、同時に被災国と日本のためになるのであれば、これほど嬉しいことはないとの結論にいたりました」 そこで2002年、土井さんは、元自衛官を中心にNPO日本地雷処理を支援する会を設立、理事長に就任。カンボジア、ラオス、アフガニスタンへ赴いた後、世代交代を考えて2007年11月に理事長を退任。2008年より、アンゴラで現地代表を務めています。 「住まい兼事務所のコンテナハウスに起居し、7時朝礼、10時までに日本との連絡事項を処理して現場へ向かい、17時頃まで作業。それからが、又も楽しい行水・自炊・夕食・ミーティングです。」 「仕事の内容も生活環境も、特に厳しいとは感じません。自分で考えたことを実行し、その成果を見られる今の仕事は、最高に楽しい。人生には線香の立替が必要なんです。最後の最後まで燃やしつくして、次の線香を立てていく。それぞれの状況の中で、持てる力をすべて出し尽くさなければ、生きる意味がありません。」 退官後、実家が寺であったことから、修行の厳しさで知られる永平寺へ入山していた土井さんは、この活動を通して自らの“生き方と死に方”をも追求しているのです。 NPO日本地雷処理を支援する会は、現地の人への指導に重点をおき、自立心の喚起を最終目標として活動しています。 「敗戦後の昭和20年代に子ども時代を過ごした我々は、空腹と飽食の時代を知る貴重な世代。被援助国と援助国と両方の国民経験を持っているから、国際貢献で大切なのは人を育てることだと実感しています。そのためにも、我々のような年の功が必要。アンゴラの事業を軌道に乗せたら、アジアで新しい事業を立ち上げ、70歳までは現場で活動したい。」 |